ほんの記録

読書日記など、とりとめもなく

クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』

野生の思考のこれらの面はことごとくサルトルの哲学にも見出される。まさにそれゆえにこそ、この哲学は野生の思考を批判する資格がないと私は考える。等質であるということだけで、その可能性はなくなるのである。それに対し、民俗学者にとっては、この哲学は(他のすべての哲学と同様に)第一級の民族誌的資料である。現代の神話を理解しようとすればその研究は不可欠である。(p300) 

 なんだこのマウント取りは(笑)

本当に笑ってしまうのですが(苦笑)、山口周さんがTwitterサルトルレヴィ=ストロースの論争はボーヴォワールを巡る痴話喧嘩なんじゃないかとおっしゃっていて、そくざにこのフレーズを思い出しました。

  そうなんですかね(笑)

 

野生の思考

野生の思考